この記事ではダイオードの逆回復時間について定義・特性・影響などを詳しく説明します。
ダイオードの『逆回復時間』とは?
順方向バイアス電圧を印加することでダイオードに順電流IFが流れる状態から、バイアス方向が変化し、ダイオードに逆方向バイアス電圧が印加されると、ダイオードに蓄積されたキャリアによって、カソードKからアノードAの方向に逆回復電流が流れます。この逆流している期間を逆回復時間trrといいます。
逆回復時間trrはダイオードのデータシートには必ずと言ってもよいほど記載されており、非常に重要なパラメータの1つとなっています。また、逆回復時間はリカバリー時間とも呼ばれています。
以下に逆回復時間の関連用語を示します。
逆回復時間の関連用語
- ジャンクションリカバリー時間tA
- バルクリカバリー時間tB
- 逆回復電流のピーク値IRR(IRP)
- 逆回復電荷QRR
- 順電流IFの減少過程での変化率dIF/dt
- 逆回復電流のピーク値IRRから0Aに戻る過程での変化率dIR/dt
ダイオードに逆電流が流れ始めてから逆回復電流のピーク値IRRに達するまでの時間をtAと定義しています。逆回復時間trrにおけるtAの期間では、ダイオードは低抵抗状態であり、ダイオードにかかる電圧vDはまだプラス方向(アノードAがプラス、カソードKがマイナス)となっています。
逆回復電流値IRRから0Aに戻る時間をtBと定義しています。逆回復時間trrにおけるtBの期間では、ダイオードは高抵抗状態であり、ダイオードにかかる電圧vDはマイナス方向(アノードAがマイナス、カソードKがプラス)となっています。
逆回復時間trrの期間において、ダイオードの逆回復電流の時間積分値として計算される電荷のことを逆回復電荷と呼びます。逆回復電荷は様々な呼び名があり、蓄積電荷量とも呼ばれています。逆回復電荷QRRが小さいほど逆回復損失(リカバリー損失)が小さくなります。
順電流IFの減少過程での変化率dIF/dtは回路のインダクタンスと電圧によって決まります。
補足
逆回復時間と逆回復電流のピーク値の特性
逆回復電流trrと逆回復電流のピーク値IRRは順電流IF、素子温度、電流の変化量di/dtによって変化します。
- 逆回復電流trr
- 逆回復電流のピーク値IRR
順電流IFが大きいほど、素子温度が高いほど、電流の変化量di/dtが小さいほど、大きくなります。
順電流IFが大きいほど、素子温度が高いほど、電流の変化量di/dtが大きいほど、大きくなります。
順電流が大きいほど、逆回復電流が大きくなる原理
N型半導体は電子の濃度が高い半導体です。一方、P型半導体は正孔の濃度が高い半導体(自由電子の濃度が低い半導体)です。
順方向バイアス電圧印加時、N型半導体には負電圧、P型半導体には正電圧を印加しています。
すなわち、N型半導体には電子を注入しています。また、P型半導体には正孔を注入しています(P型半導体から電子を引き抜いています)。すると、N型半導体では電子が、P型半導体では正孔が高濃度となります。その結果、電子はP型半導体へ入り込み、正孔はN型半導体へ入り込みます。この入り込む量は順電流IFが大きいほど多くなります。
ここで逆方向バイアス電圧を印加すると、電子はN型半導体へ戻り、正孔はP型半導体へ戻ります。この時、電子と正孔が入り込んでいる量が多いほど(すなわち順電流IFが大きいほど)、戻ってくるのに時間がかかるため、逆回復時間trrが大きくなります。
ソフトリカバリーとハードリカバリー
逆回復時間(リカバリー時間)の関連用語として、ソフトリカバリーとハードリカバリーというものがあります。
ソフトリカバリーとは「逆回復時間trrが大きい」ことを表しています。逆に、ハードリカバリーとは「逆回復時間trrが小さい」ことを表しています。逆回復時間trrが小さいほどノイズが発生しやすくなります。
また、ソフトリカバリー性を表す指標として、tA/tBがあります。tBが大きいほど、ソフトリカバリー性が良くなります。すなわち、逆回復電流のピーク値IRRから0Aに戻る過程での変化率dIR/dtが緩やかなほどソフトリカバリー性が良いということになります。
補足
逆回復時間と逆回復電流が及ぼす影響
スイッチング素子の損失を増加させる
昇圧コンバータや降圧コンバータではスイッチング素子Sがオフの時にダイオードDに電流が流れます。その後、スイッチング素子Sをオンにすると、ダイオードの逆回復電流がスイッチング素子Sに流れ込みます。
この時、インダクタ電流iLが0Aになった時にスイッチング素子Sがオンになるモード(電流臨界モード)では逆回復電流は大きくなりません。
しかし、インダクタ電流iLが流れている時にスイッチング素子Sがオンになるモード(電流連続モード)では逆回復電流が大きくなります。そのため、電流連続モードでは逆回復時間が小さいダイオード(ファストリカバリーダイオードなど)を使用するのが一般的です。
ここで、電流臨界モードと電流連続モードにおける電流波形を下図に示します。
- 電流臨界モード
- 電流連続モード
インダクタ電流iLが0Aになった時(すなわち、ダイオード電流iDが0Aになった時)にスイッチング素子Sをオンします。そのため、逆回復電流が大きくなりません。したがって、電流臨界モードでは、逆回復時間trrが小さいダイオードではなく、順方向電圧VFがなるべく小さいダイオードを選定した方が効率が良くなります。
インダクタ電流iLが流れている時(すなわち、ダイオード電流iDが流れている時)にスイッチング素子Sをオンします。このモードでは、ダイオードDに電流が流れている状態から急に逆バイアスがかかるため、逆回復電流が大きくなります。したがって、電流連続モードでは、順方向電圧VFを犠牲にしてでも逆回復時間trrの小さいダイオードを選定した方が効率が良くなります。
また、逆回復電流はダイオード自体の損失を増加させるのはもちろんですが、むしろスイッチング素子(トランジスタやMOSFETなど)の損失を増加させる要因となっています。
スイッチング遷移時においてはスイッチング素子に流れる電流iSとスイッチング素子にかかる電圧vSが重なる期間があります。本来、スイッチング素子に流れる電流iSはインダクタ電流iLと等しくなりますが、ダイオードの逆回復期間中は、スイッチング素子に流れる電流iSはインダクタ電流iLと逆回復電流の合計となります。そのため、逆回復電流が大きいと、スイッチング素子に流れる電流iSとスイッチング素子にかかる電圧vSの積であるスイッチング損失が大きくなります。このスイッチング損失は逆回復時間trrの小さいダイオードを用いることで減らすことできます。
ダイオード自体の損失を増加させる
ダイオードのリカバリー損失PSWは逆回復時間trr中に発生する損失です。ダイオードのリカバリー損失PSWは一般的には以下の式で計算することができます。
\begin{eqnarray}
P_{SW}=\frac{1}{6}I_{RR}V_{RM}t_{rr}×f_{SW}
\end{eqnarray}
上式において、fSWは動作周波数です。すなわち、動作周波数SWが高い(高周波)ほどリカバリー損失PSWが大きくなり、ダイオードのトータル損失に対するリカバリー損失PSWの割合が大きくなります。
動作周波数を制限させる
例えば、昇圧コンバータに逆回復時間trrが10usのダイオードを使用したとします。ここで、1周期Tのうち1%が逆回復時間trrである場合、周期Tは1000usとなります。すなわち、動作周波数fSWは、
\begin{eqnarray}
f_{SW}=\frac{1}{T}=1kHz
\end{eqnarray}
となります。
一方、逆回復時間trrが10usのダイオードを使用しているのにも関わらず、昇圧コンバータの動作周波数fSWを50kHz(周期Tを20us)にしたとします。この状態では1周期のうち50%が逆回復時間trrとなってしまいます。逆回復期間中はダイオードDのインピーダンスがほぼゼロなるため、この状態では、出力コンデンサに電荷をためることができなくなります。
すなわち、逆回復時間trrが動作周波数fSWの限界を決めてしまうことになります。
【補足】ファストリカバリーダイオードとは?
ファストリカバリーダイオード(FRD: Fast Recovery Diode)とは逆回復時間trrを小さくするための対策(材料の最適化など)を施したダイオードであり高速ダイオードとも呼ばれています。スイッチング電源などの動作周波数が数10kHzから数100kHzにおける高周波を整流することを目的として作られたダイオードであり、一般整流ダイオードと比較すると、逆回復時間trrが2~3桁小さくなっています。その代わりに順方向電圧VFが大きいのが特徴です。なお、ショットキーバリアダイオードは逆回復特性を持ちませんが、ダイオードの接合容量が逆回復特性と似た挙動をします。
まとめ
この記事ではダイオードの逆回復時間について、以下の内容を説明しました。
当記事のまとめ
- そもそも逆回復時間とは?
- 逆回復時間の関連用語
- 逆回復時間と逆回復電流のピーク値の特性
- ソフトリカバリーとハードリカバリー
- 逆回復時間と逆回復電流値が及ぼす影響/li>
お読み頂きありがとうございました。
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